自宅の鍵を取り出す堂島の横で、足立はスーパーの袋を揺らした。
お腹ぺこぺこ。キャベツが重い。
「堂島さん、早く〜」
「おう、開いたぞ」
「おっじゃまっしま〜っす!」
2人の声に、菜々子がぱっと立ち上がり、駆け寄ってきた。
「お帰りなさい!」
「ただいま。菜々子ちゃん、1人でお留守番えらいねぇ」
「えへへ。菜々子がんばったよ。今日は、なにを買ってきたの?」
「お寿司と、唐揚げと、枝豆と、ジュースと…」
「菜々子、好きなの選んでいいぞ」
「やったー!」
足立はジュネスの総菜パックを、菜々子と一緒に机に並べ、割り箸を握る。
「菜々子ちゃん、ウニは僕のだからね!」
「じゃあ、菜々子はシーチキン!」
「子供が2人だな……」
ビールが開き、一通り口に入る。
食べ慣れたうまさに、少しはこの町に慣れてきたのかなと思う。
「つまみ、もうちょっと欲しいっすね」
「キャベツ切るか? 冷蔵庫にも何か……」
堂島は、酔った足で台所に向かう。
足立は枝豆を食べながらその姿を目で追い、ふと目の端に映ったものに焦点を合わせた。
ビールを持ったまま、近寄る。
木の柱に、横線、菜々子の名前、日付が記されている。
身長を測ったのだろう。
菜々子10ヶ月、1歳、1歳2ヶ月、1歳半、2歳……。愛されて育った証拠だ。
いいね、という気持ちと、皮肉な考えが混じって、笑った。
愛される人間と、愛されない人間。
生まれたときには、すでに決まっているのかもしれない。
自分は愛されない側だ。
昔も今も、これからも。
あほらし、とビールを呷り、視線を最後の日付に固定する。1年前だ。
すると、これを書いたのは……。
「豆腐あったぞ」
「えっ? あ、どうも」
悪戯を見つかったような気持ちになって、慌てて言った。
「えぇっと、菜々子ちゃんって昔、小さかったんですね」
堂島はビール片手に眉をひそめる。
「今でも小さいぞ」
「お父さん、ひどーい! 菜々子、大きくなったもん!」
「そうか?」
「そうだよ! はかってはかって!」
菜々子が、柱に背をつける。
一瞬反応の遅れた堂島に、足立は気づかないふりをして、ポケットからボールペンを出した。
「菜々子ちゃん、僕が測ってあげるよ。さて、身長は……!? お! 伸びてる伸びてる! すっごい伸びてるよ!」
「え、ほんと!?」
「うん、ほんとだよ。ね。堂島さん?」
「……そうだな」
「えーと、今日の日付は……」
携帯で確認する。
ボールペンで書こうとしたが、木目が邪魔をして、うまくいかない。
「貸せ」
利き手に堂島の手が重なる。
おとなしくペンを渡すと、堂島は膝をつき、菜々子の髪を撫でた。
「……本当に、大きくなったな」
堂島は微笑み、菜々子の成長を柱に記した。
今までの時間を埋めるように、ゆっくり丁寧に。
「もう寝なさい」
「えー? まだ早いよ」
なだめる堂島の目は、どこか遠くを見ているように感じられた。
おそらく、1年前まで菜々子の身長を測っていた死者への思いが膨らんだのだろう。
幸せだった記憶。
幸せになれたかもしれない未来。
叶うはずのない現実を思い出し、自分で作り上げた幻で傷を深める。
足立は、堂島の肩をたたいて、こちらを向かせた。
あぁもう、そんな顔しないでよ。
独りで頑張らなくていいからさ。
「堂島さんも測りましょうよ」
「そうだよ! お父さんも測ろう!」
「俺は……」
苦悩に沈みかける堂島の顔を覗き込む。
頑固な頬を、むにぃっと引っ張った。
「……何しやがる」
「いったぁ! 拳骨は反則!」
「お父さん、けんかしてるの?」
「ち、違うぞ菜々子」
「じゃあ、仲直りの印に、回らない寿司か身長測定を!」
「……拳骨が好きな奴だな」
「あーもー、これは特上寿司じゃ済まされないですよ!?」
足立は口を尖らせ、心の中では微笑んだ。
悲しみの剥がれた堂島の顔。
今は、それで十分。
「お前、先に測れ」
「えぇ!? 僕もですかぁ?」
「次に測ったら、縮んでるかもしれんぞ」
「そ、そういう堂島さんだって、今に小さくなって菜々子ちゃんに抜かれるかもしれないですよ!?」
「菜々子、もっと大きくなる! お父さんたちに負けない!」
「そこは負けていい気も…」
大人2人が話している間に、菜々子は台所から椅子を持ってきた。
「菜々子、はかるー!」と意気込んだものの、背伸びしても届かなかったので、
堂島と足立が交互に持ち上げ、書くことができた。
「うん! きれいに書けたよ!」
「じゃあ、菜々子ちゃんには花まるあげないとね」
「やったぁ!」
菜々子が笑うのにつられて、足立も微笑む。
「ねぇ。次は、いつはかる?」
「どうかなぁ……」
足立が苦笑していると、堂島が「来年な」と笑った。
「来年……」
「足立さん、約束だよ!」
「はは、どうだろうね……」
うまく言えずに、言葉を濁した。
「足立も小さい頃は、柱に書いてたのか?」
「……そういうのやらない家庭だったんで」
足立は、柱に背を向け酒をあおった。
一滴しか舌に落ちず、舌打ちする。
「じゃあ、ここに書けばいい」
「は?」
振り返ると、堂島はペンを持ち、菜々子はキラキラした目でこちらを見ていた。
「足立さん、いま何さい?」
「27、だけど」
堂島がニヤリと笑う。
「全部書いたら時間かかるな。覚悟しろよ」
「え」
「お前、何歳から立ち歩きしたんだ?」
「そんなの覚えてませんよ!」
「じゃあ、菜々子と一緒にするか」
「一ヶ月早めといてください」
「このくらいの身長か?」
「それ胎児サイズでしょ!? もっとビッグにトールにクレバーに!」
「菜々子かくー!」
「ちょっ!? 1日で1メートルも大きくならないでしょー!?」
ほんともう、この親子は……!!!
ボールペンの横線が増えるたびに、足立は撤回と修正を求めた。
目が離せないというか疲れるというか……。けれど、なぜだろう。
呆れや怒りの奥底で、意識すらしていなかった冷たい部分が、熱をもってくる。
自分が生きてきた隙間だらけの部屋に、新しい温かな光が差すような。
家族って、こういう感じだろうか。
「こうやって書いてると、足立も家族みたいだな」
部屋に光が溢れる。
「え!? 菜々子、もう一人お兄ちゃんができちゃうの?」
「はは、んなわけ…」
「透」
「透お兄ちゃん」
最強親子が、微笑む。
「お兄ちゃん、続き書こ?」
足立の袖を、菜々子が摘む。
「透」だめ押しの声。
「……わかりましたよ」
足立は溜息を吐き、2人の傍に座り直す。
そして、眩しさに目をすがめるようにして、笑った。
堂島家に新たな一員が増えたようです。堂島透? いいね!<え
堂島さんを癒しつつ、実は親子に癒されている足立さんという構図を書きたかった今日この頃。
伝わったかは微妙<致命傷!
真面目に言うならば、同居し、血のつながった家族は、ある程度その人の人格に影響を与えますが、必ずしも平穏と平和の象徴にはならないと(特に足立さんの場合?)思うので、堂島家で心のよりどころ(ここでいう家族の定義)をもってほしいなと思って書きました。
3人の部屋は、お互いの光で照らされることでしょう。
どたばたしながら、愛し、愛されなっせ!
では、また次回の堂島家で!