シーツの擦れる音で、目が覚めた。
日はまだ昇ったばかりのようで、カーテンからの淡い光が枕元を照らしている。
足立はベッドの半分を占領している堂島の方を向いた。
呼吸に合わせて上下する布団に、顔半分が隠れている。
足立は額にキスし、愛しさと淫らな閃きに、口角を上げた。
半裸の躰で布団の中にもぐる。
昨日、散々触れた肌を視線で辿り、唯一覆われた布を両手でずり下ろした。
ためらいなく口に含む。
先端をくるくると舐め、ゆっくりと全体を濡らしていく。
頬張って時折、口をすぼめれば、堂島が大きくなって口内を押してくる。
性格は頑固なのに、躰は極端に素直で、足立も興奮する。
口内の味が変わってくる頃には、足立は悪戯で終わらせることができなくなってきた。
堂島の太腿を押し、奥の窄みに触れる。
「ふっ、あっ」
堂島の躰が、びくんと跳ねる。
足立は、一気に吸いあげた。
「あっ、あぁっ!」
びくびく震えるそれを、綺麗に舐めて布団から顔を出した。
「おはよーございます」
真っ赤になって吐息をもらす唇に、軽くキスする。
びくっと震える躰。初々しい反応。それなのに色っぽい。だから堂島に飽きることがないのだろう。
「僕、限界なんですけど」
堂島の手を、自分のに触れさす。
「えっ、あっ」
「堂島さんので気持ちよくさせて」
繋いだ手を、堂島の奥に導く。
ぐっと指先を押し込む……。
「うわぁあああ!?」
足立はベッドから転がり落ちた。
背中を打って一瞬、息がつまる。
堂島に蹴られたのだとわかるまで2秒はかかった。
「…いったぁ。堂島さん酷いじゃないですかぁ。恋人にむかって」
「あああああんなところ触るからだろ!? つかお前誰だ!?」
「はぁ? 何言ってるんですか」
「近寄るな変態! 俺に触るな!」
「はぁ?」
枕元のローションを、堂島は投げるように構える。
ベッドに這い寄ろうとした足立は、四つん這いのまま動きを止めた。
本気で怒っているらしい堂島の顔を、まじまじと見て、妙なことに気づく。
堂島の顔が、少し違う。
潤んでいる目は、いつもよりやや大きい気がするし、
肌色は煙草と疲れを取り除いたかのように健康的だ。
無精髭も薄く、髪の長さも違う。
もし堂島が若返ったら、学生時代なら、こういう顔かもしれない。
……嫌な予感。
「え、あ、ちょっと聞きたいんだけど。えーと、君、名前は?」
「お前、誰だ」
「足立だけど。……君、堂島遼太郎、だよね?」
「ここ、どこだ」
「僕の部屋。……覚えてる?」
堂島は、首を振る。
足立は、天井を見上げた。
何だこれ? どうなってる?
「帰る」
堂島が立ち上がる。
「あの、さ」
堂島が睨みつけてくる。
足立は、その若い躰を指した。
「とりあえずシャワー浴びたら?」
堂島は、真っ赤になってローションを投げてきた。
+++++++++++++++++++++
足立は、ベッドに座って頭を抱えた。
「めんどくせー」
その一言につきる。
事実を受け入れるなら、堂島は若返って、記憶喪失で、足立のことを覚えてなくて。
「どうすりゃいいんだ? つか何で?」
考えることが多すぎる。
部屋は施錠されたままで、テレビのドッキリみたいな企画にしても、こんなに堂島そっくりの少年を見つけることはまず不可能だろう。何より、足立を驚かせたいだけなら、そろそろ種明かししてもいい時間だ。
残された可能性は、一つ。
ちら、とテレビを見る。
めんどくせー、ともう一度呟いた。
「あの……」
堂島の足が見えた。
足立は顔を上げる。
「何?」
「あの、服……」
バスタオルで前を隠した堂島に、むらっときたが、どうにか堪えた。
「あぁ……うん。ねぇ、君、何歳?」
「……十七」
高校生か。
足立は堂島の鞄から真新しい下着を出し、渡した。
「服、これならいい?」
押入から八十神高校の制服を出す。
「……あんたのか?」
「いや、知り合いの」
サイズはぴったりのはずだ。
なんせ、コスプレ用に足立が堂島のサイズを買っておいたのだから。
まさかこのタイミングで着てもらえるとは思わなかった。
前を少し開ける着こなしは、彼の甥にそっくりだった。
なんだこのエロ高校生。押し倒してぇ。
「今度、返す」
「あ、うん。家、帰る?」
「……俺の家、どこかわかるか」
「わかるけど……」
「家族と一緒に住んでるんだよな?」
「え、そこも覚えてないの?」
堂島が目をそらす。
「ちょっ、ちょっと待って。落ち着こう。えっと、とりあえず座ろう」
昨夜、蹴飛ばしたクッションを机の傍に並べ、少年を招く。
コーヒーを入れて戻ると、堂島はまだ立っていた。
「何もしないから座んなよ」
頬を染めた堂島は、渋々座った。
足立は2人分のカップを置き、堂島の話を聞いた。
明瞭に覚えているのは、3つ。
堂島遼太郎。十七歳。八十神高校の生徒。
家族、友人、住所、そして足立のことは覚えていなかった。
恋人が自分のことを忘れている事実に足立は泣きたくなったが、自分以上に悲壮な堂島を見ていると、
冷静さを取り戻すことができた。
たまには僕がしっかりしないと、と思い直す。
「災難だねぇ」
足立は冷めたコーヒーを口に含んだ。
「足立さん、でしたね」
「ぶほっ」
「だ、大丈夫ですか?」
「う、うん。すっごく驚いただけ」
いきなりの「さん」づけに、丁寧語。
こんなときじゃなかったら、年下プレイと喜ぶところだが。
堂島にしてみれば、自分は得体の知れない男だが、年上で協力的な存在だと、少し格上げされたのかもしれない。
「聞きたいことって?」
「足立さんと俺は知り合いなんですか」
「まぁ知り合いではあるよね」
本当は知り合いどころの話ではない。
「俺の家、どこかわかりますか」
「あ、ん〜……知らないなぁ」
正確には、堂島が少年だったときの家は知らない。
「でも、君のことを調べることはできるよ」
「どうやって?」
「『知り合い』が警察だから、聞いてくるよ」
まぁ僕のことだけど。
「俺も行きます」
「それはちょっと……向こうの都合を聞いてからね」
下手に堂島を外に出したら、彼どころか町中がパニックになる。
あぁ嘘に嘘を重ねるって、めんどくさい。
空になったコーヒーカップを所在なく触る。
「俺、何でここに来たんですかね」
「えっ」
「全然覚えてないんですけど……。あの、俺と足立さんは、昨日、その……」
顔を赤くする堂島に、足立は意地悪したくなった。
「セックスしたよ。すっごいやつ」
「……っ」
「お風呂で見なかった? キスマーク。朝、僕がしてあげたフェラとか、
遊びに思えるくらい激しいの、したよ」
足立は、堂島の真横に座り直した。
緊張している掌に、指を絡める。
びくっと震える反応が可愛くて、耳元に唇を近づける。
相手の記憶がないのをいいことに、前から言いたかった「遼太郎」と、囁く。
「遼太郎、すっごく喜んでた。あぁ、よすぎて記憶吹っ飛んだんじゃない?」
「そ、んな」
「思い出せるかもよ? もう一回してみたら」
耳の奥に息を吹きかける。桃色の耳を今すぐ食べたい。
「……足立さんは、男が好きなんですか」
「遼太郎が好きなだけ。遼太郎が女でも男でも、僕は好きになったと思う」
「世間の目とか……」
むっとして、足立は遮った。
「僕はばれても気にしない。気にしてるのは遼太郎だ。世間とか、常識とか、そういうのを盾にして自分をごまかしてる。たとえ遼太郎が年上になろうと、どんな立場であろうと、僕は好きなんだ」
「俺、は……」
戸惑う堂島の顎をすくう。
目を見ながら、ゆっくり唇を重ねた。
静かに受け入れた彼の舌を吸う。
煙草のにおいがしない、甘い甘い舌だった。
+++++++++++++++++++++
嫌だったら言ってねと譲歩したものの、始まればそんな約束、守れそうになかった。
少年の反応は、始めて堂島を抱いたときと、そっくりだった。
やはり堂島は堂島なのだ。
未知の体験に怯えながら、必死に足立に応えようとする。
蕾は柔らかいが未熟で、ローションで丹念にほぐした。
脚をかつぎ、躰を差し入れると、挿入しやすいように堂島が腰を浮かせたので、
「思い出した?」と尋ねたが、潤んだ瞳で、肯定とも否定ともとれる瞬きをしただけだった。
「動くよ」
「ふあっ、あぁんっ」
ゆっくり出し入れしながら、足立の形に慣れさせていく。
辛いのかよすぎるのか、堂島が自分のペニスに指をのばした。
「だめ」
「な、んで」
「もっと気持ちよくしてあげる」
足立は、堂島のいいところばかりついてやる。
「や、そこや、あぁっ!」
堂島は射精したが、足立は敏感なところを揺さぶり続ける。
すぐにまた堂島のものが屹ちあがって、高い声をあげた。
「も、やっ、変になるっ」
「いいよ、イって」
「足立さ、んっ……!」
「透って言って」
「透っ」
「……っ。すっごい締めつけ。今度は、一緒にっ」
ぐっとペニスを押し入れる。
それが合図のように、同時に欲望をまき散らした。
+++++++++++++++++++++
足立は意識を失った少年の髪を撫でた。
しばらくして、堂島がうっすら目を開ける。
「どうだった?」
堂島の柔らかい唇を指で撫ぞる。
くり返す度に、赤くなる顔が可愛い。
「……気持ちよかった」
素直な堂島。いつもと違う反応に、鼻血が出そうなくらい興奮した。
「僕も、すっごく気持ちよかった」
ゆっくり口づけると、少年は拒まなかった。
「思い出した?」
「……少し。透さんと、その、してる感覚が初めてじゃない気がしました」
足立は微笑んだ。愛しい気持ちでいっぱいになる。
「一つ聞いてもいいですか?」
足立が促すと、堂島はまっすぐ見つめてきた。
嘘もごまかしもできない気がした。
「透さんと俺は、どんな関係だったんですか」
「それ聞いてどうするの?」
「知りたいんです」
足立は迷ったが、口を開いた。
「恋人だよ」
「……男、なのに?」
「僕らはそうなんだ」
「遊びですか?」
「本気。僕はね」
「……幸せ、ですか?」
「うん」
即答だった。こんなに素直な自分は初めてかもしれない。
「遼太郎のおかげで、始めて幸せになれた。クソみたいな世の中でも、生きてみようと思った。
だから、性別とか常識とか、そんなのどうでもいい。遼太郎が欲しい」
愛しい手に恭しくキスする。彼に捨てられたら、自分は狂うかもしれない。
少年はしばらく黙った後、ぽつりと言った。
「思い出したことがあります」
+++++++++++++++++++++
2人で夜の鮫川を歩いた。
誰にも会わないように、この時間を選んだ。
重い空気にならないように、あえてどうでもいいことを話した。
土手を越えると、少年が話していた場所が現れ、瓦礫の山から壊れた赤いテレビを見つけた。
画面に触れると、池に腕を入れるように抵抗なく躰が埋まっていく。
浮遊感。
次の瞬間、堂島とともに真っ赤な世界に立っていた。
ひび割れた道路。黄色いテープが張られた行き止まり。
深部を目指して2人で歩く。
曲がった先に、彼はいた。
最後に見た灰色のシャツ、赤いネクタイをして、座っている。
目は閉じられていて、一瞬、最悪の予想がよぎったが、近寄ると息をしていることがわかる。
「堂島さん……」
歓喜と不安に足立の息が荒くなる。
「堂島さん、大丈夫ですか」
片膝をついて、堂島の頬に触れようとしたとき、
目が、開いた。
金色の目だった。
「なぜ、来た」
金属を混ぜたような声で、彼が言う。
内心の動揺を隠して、足立は言った。
「堂島さんが、こんなところで隠れてるからでしょ。隠れんぼなら違うところでしましょうよ」
「帰らない」
「何で」
「うるさい」
「理由を言ってくださいよ」
「……お前のためにならない」
「何が」
堂島は黙り込む。
「いいから帰れ。お前には関係ない」
「……何だよ、それ」
足立は、理性の切れる音を聞いた。猛烈な怒りに身を任す。
堂島のネクタイを乱暴に引っ張って、低く唸った。
「関係なくないだろ。昨日は僕の下で喘いでたくせにさ。
だいたい何で、テレビの中にいるんだよ。言えよ。言わないと僕だって帰らない」
「……」
「あんたが高校生になったのは何でだよ」
後ろにいる、少年を指した。
「甥っ子への憧れか? 何も知らない頃へ帰りたかったのか? 悲しいことを全部捨てて」
「違う」
「僕のことを忘れたかった? 僕との関係が嫌になった? 何が不満? 何が嫌? 好きな相手ができた?」
「違うっ」
金色の目が潤み、血を吐くように堂島は言った。
「俺が傍にいたら、お前が不幸になるって思ったんだ。俺が……お前の幸せをつぶしてるんじゃないかって」
「僕の幸せ?」
「……いい嫁さんもらって、家庭もって、出世して、」
「は、何それ?」
「それが普通の幸せだろ」
「それ、僕が欲しいって言った?」
「……」
「違うだろ。世間とか、おせっかいなやつが言った無責任な発言だろ」
幸せになりやすいルート。そんな古い幻。
それをよしとする人間も多いだろう。
だけど。
「僕はあんたといるのが幸せなんだよ。それ以外の誰も、何も、あんたの代わりにならない。
あんたと生きたい。あんたと話して飯食ってセックスして一緒に眠りたい。今日も明日もずっと」
キスしそうなくらい、堂島に顔を近づける。
頑固で融通がきかなくて、今は、泣き出しそうな顔へ。
「僕の幸せは僕が決める。そこに、あなたがいたら最高の幸せなんだ。わかった?」
堂島の鼻に、自分の鼻をすりつける。
「もし僕を振ったら許さないよ」
「……」
「ねぇ。あんたの幸せは?」
堂島が震える。
葛藤の波が彼を襲う。
何度も口を開きかけ、肩を上下させた堂島の傍に、少年が片膝をつき、落ち着いた声音で言う。
「腹、決めろよ」
「……」
「自分で言った方がいいだろ?」
「……そうだな」
大人の堂島は、真っ直ぐ足立を見た。
「お前と一緒にいたい」
唇が震えた。
「僕で、いいんですね?」
「お前じゃないと嫌だ」
堪えきれず、口づける。
一緒にいたい。
こんな簡単なことで悩むなんて、人間って馬鹿だ。
でも、だからこそ、こんなにも愛しい。
「帰りましょう」
「あぁ」
堂島は少年を見た。
同じ魂をもつもの。同時に微笑む。
「またな」「おぅ」
少年が少し背伸びする。
軽く唇が触れ合うと、2人の躰から光が溢れ、堂島は一人になった。
崩れ落ちた堂島を受け止め、足立は今さらながら震え出した指で、その躰を掻き抱いた。
+++++++++++++++++++++
「相棒同士、そろって年休ね〜」
次の日、堂島と足立は上司に絞られていた。
「すみません」
「もうちょっと早めに申請してもらわないと…」
「えへへ」
「えへへじゃねーだろ足立!」
「そんな怒らないでくださいよ部長。次から気をつけますから」
10分後、ようやく説教から解放されて、2人で外回りに出る。
暑いな、と呟く堂島に、足立は相づちを打った。
堂島は、高校生になったこと、テレビに入ったことを覚えていなかった。
気絶から目が覚めたとき、「寝過ごした!」と慌てる様子に、そりゃないよと足立は肩を落としたが、
結果的にそれでよかったのかもしれないと今は思う。
堂島に、テレビの中のことを詮索されたくないし、何より、あんな恥ずかしい告白の数々、忘れてもらった方が……。
「ったく、こんなところにゴミ捨てやがって」
堂島が、瓦礫の山に舌打ちする。
奥には、昨日、高校生の堂島と入った赤いテレビが転がっている。
足立は、胸が締め付けられた。
もう、あの少年には会えない。もっと話しておけばよかった。
いや、違う。あの少年も堂島の一部だ。それなら、今、聞けばいい。
「堂島さんって、どんな高校生でした?」
「ん? まぁ、普通だな。部活して喧嘩して、バイク乗り回して」
「え、番長ですか?」
「違ぇよ。番長より強かったぜ?」
「うわっ不良。僕とは住む世界が違うなぁ」
「お前、塾とか行ってそうだな」
「えぇ。なんたってエリートですからね!」
「青春してたか?」
「さぁ、どうでしたかねぇ」
何気ない話を続け、土手から鮫川に下りた。
川面が光り、思わず見とれる。
「もし俺が高校生のときお前に会ってたら、どうなってただろうな」
堂島がぽつりと言う。足立は心臓が跳ねた。
「どうなんでしょうね。でも……」
堂島がこちらを見る。
足立は、大きめの石に乗って、にこっと笑った。
「僕はどんなことがあっても、あなたに辿り着く。あなたもね」
遼太郎、と足立は呟く。
透、とどこかで聞こえた気がした。
鬼燈月鴻様に捧げます。
アムネシア:記憶喪失