戸締まりをしていると、雨が降ってきた。
菜々子は慌てて洗濯物を取り込み、玄関へ向かった。
靴をはき、傘置き場を見て「あ」と思い出す。
一昨日の暴風で、菜々子の傘は壊れていた。
お兄ちゃんは出かけていて、残っているのは、夜勤で帰って来ないお父さんの傘。
「お父さん、借りるね」
ボン、と低い音をさせて、傘を開けた。
反動が強くて、びっくりする。
「お父さんの傘、すごい」
えい、と肩に置くと、大きすぎて腰まですっぽり入る。
バスタオルから猫が出てくるように、ぴょこっと顔を出す。
荷物を持って、鍵をかけて。
「行ってきます」
今日は、回覧板を届けるお手伝い。
車が来てないか左右を確認し、歩く。
分かれ道は一番細い、植物いっぱいの小道へ。
塀から顔を出す紫陽花が、雨粒と淡い光を受けて、きれい。
角を2つ曲がると、表札が見えた。
背伸びしてインターホンを押す。
「こんにちはー」
もう一回インターホンを押して、声をかける。
傘と回覧板を持つ左手が、その重さにぶるぶる震えてくる。
「お留守かなぁ」
ちょっと残念。
しかたなく、次の家に向かう。
「こんにちはー」
また、次の家へ。
「だれか、いませんか?」
4軒目も誰もいなかった。
今日は日曜日だから出かけているのかも。
「帰ろう……」
とぼとぼと、家を目指す。
疲れて足下ばかり目に入る。
しおれた雑草、黒い小石、茶色くなった花びらがねじれて濡れているのが、目に入っては消える。
傘が重い。
担ぎ直すと、手に痛みが走った。
手首には赤い線がいくつも走っていて、さすると、ますます赤みが増すようだった。
「痛い…」
思わず立ち止まる。と、車のクラクションが鳴った。
「え? あっ!」
猛スピードで車が通り過ぎる。
ピシャッと、泥水がかかる。
今日、出したばかりのスカート……。
鼻の奥がつんとした。
「洗濯しなきゃ」
唇を引き結んで歩き出す。
あっ、と思ったときには、つまずいていた。
傘が飛ぶ。アスファルトに体も落ちる。
膝に嫌な感触。血が流れて…。
痛い。痛いよ。だれか、
「お兄ちゃん、お父さん…」
……お母さん。
心配、かけたくない。
泣いちゃ、だめ。 ……立たなくちゃ。
ぐっと腕に力をいれて、体を起こす。
そのとき、ふわっと体が宙に浮いた。
「大丈夫か」
「お父さん!?」
立たせてくれたのは、正真正銘、お父さんだった。
なんで、なんで、と頭の中がいっぱいになる。
お父さんは、菜々子の頬や手についた泥をハンカチで拭き、顔をしかめた。
「こりゃ痛そうだな。待ってろ」
ジュネスの袋から、お父さんが真新しい水のペットボトルを出し、開ける。
擦りむいた膝にかけられてピリッとしたが、絆創膏を貼ってもらうと、痛みが和らいだ気がした。
「歩けるか?」
「平気…」
鈍い痛みが走る。
長い腕が菜々子の体をすくいあげた。
「うわぁ!」
「掴まってろ」
お父さんのシャツをぎゅっと握る。
これ知ってる。アニメでやってた、お姫様だっこだ!
お父さんは、片腕一本で菜々子を支え、軽々と傘を拾いあげた。
「お父さん、すごい!」
「そうか?」
「うん! とっても力持ち! ヒーロみたい!」
照れくさそうに笑うお父さん。お父さんが嬉しいと、菜々子も嬉しい。
「すぐ着くからな」
「うん」
言葉が途切れ、傘に当たる雨音が大きくなる。
「お父さん、菜々子のこと、探しに来てくれたの?」
しっとりと濡れた灰色のシャツ。
「家にお前がいなくて……気になってな」
お父さんの首に抱きついた。
菜々子が困っていたら、駆けつけてくれる。
お父さんといたら何も怖くない。
菜々子は、ぽつりと言った。
「ごめんなさい」
「ん?」
「回覧板、回せなかった」
「急ぐもんじゃねぇし、後からお父さんが行ってくる」
「菜々子も行く」
「でも、お前足が」
「お父さんと一緒なら頑張れるもん」
「……お父さんも一緒だ」
見上げると、お父さんが微笑んだ。
「菜々子がいるからお父さんも頑張れる。でも、菜々子が辛いとお父さんも辛い。
だから、しんどいときは言ってくれ。お前は、我慢しすぎるから」
「菜々子、大丈夫だもん。それに、菜々子だってお父さんが辛いと嫌だよ」
「そうか」
「うん」
「気をつける」
お父さんは傘をたたみ、家の鍵を開けた。
地面に足がつく。お父さんの腕が離れて、ちょっと寂しい。
「そういえば菜々子の傘、壊れてたんだな」
「うん。お父さんの傘、勝手に借りちゃった。……ごめんなさい」
「お前が謝ることないだろう」
「でも、お父さんの服、濡れちゃったよ?」
「菜々子が冷たくなかったらいいんだ。お父さんは強いからな」
「でも……」
玄関に立ち尽くす菜々子の髪に、大きな手が置かれる。
「昼飯食ったらジュネスに行こう。好きな傘、買ってやるから」
「ほんと!?」
「あぁ。だから先に風呂入ってこい」
「うん!」
濡れた靴下を脱ぎ、部屋に上がる。
「お父さん」
目が合う。
「お父さん、大好き!」
赤くなったお父さん。
菜々子は、「また、お父さんの傘に入りたいな」と思った。
大きい傘を持つ菜々子、可愛いよね! ということで、書いてみましたv
堂島親子オンリーの話は初めて、かな?
あぁもう2人の可愛さが少しでも伝わったら、幸せです♪
もうおそろいの傘とか、買っちゃえばいいよ。<かものはし!?