春、落陽



「なぁ、聞いたか?  春から来るヤツ、左遷組だってよ」
「都落ちかぁ? 何しでかしたんだ?」
「さぁな。上に逆らったか、でかいミスしたか・・・」
「そんなヤツ、稲羽に来させるなって話だぜ」
「生意気そうだったら、雑用でもさせるか」
「この世界の厳しさってやつを教えてやらんとな。
な、お前もそう思うだろ? 堂島」

「・・・・・・・・・俺は、」



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「お〜い若者。俺の分の書類、頼んだぜ」
「パソコン苦手なんだよな〜。足立ィ、この処理やってくれない?」
「コピー50部。今日中な」

「え、はぁ、わかりました」

足立が気の抜けた返事をする頃には、相手は消えている。
いつものことだ。
プリントアウトした書類に目を戻し、小さなミスを見つけた。
溜息のかわりに頬杖をつく。

田舎に左遷されて2週間。
尾ひれはひれつけて俺の噂は広まっているらしい。
哀れみと蔑みと田舎特有のなれなれしさを漂わせながら、
仕事を押し付けてくる同僚たち。
忙しい署員は、まともに喋っていないので顔しかわからない。
あからさまに俺が田舎へとばされたことを聞いてくる暇人もいれば、
やたらとちらちら視線をかわす奴らもいる。
へらりと笑って誤摩化すことが、俺の日課だ。

シュミレーションしていたこととはいえ、
肩凝るよなぁ。

日本茶のようにコーヒーをすする。
まずい。

「お〜い足立、行くぞ」
「あ、はい!」

慌てて堂島さんの机に駆け寄る。
灰色の背広は、もう廊下に消えようとしていた。
一緒に仕事を組ませてもらっているのが、この堂島さんだ。
おっさんで、声はでかいし、ネクタイ曲がってるし、
たまにぐちぐち言うけど、何だか憎めない感じだ。

「事件ですか?」
「家出人だ」
「え? 俺らの管轄ですか?」
「そうじゃないんだが・・・知り合いでな」
「はぁ」
「心あたりがあるから何カ所か廻るぞ」
「わかりました」
少し遅れて歩きながら、その背を眺めた。
細くしまった体。
スポーツでもしていたのだろう。
歩幅は広く、歩くのも速い。
一応まだ若者の足立でも、気をつけないと置いて行かれそうになる。
署の入り口が見え始めた頃、ポケットを探った。

「俺、車まわしてくるんで、前で待っててもらえますか」
「車ぁ?」

堂島が素早く振り返る。
思わず立ち止まった俺は、面食らった。
「馬鹿野郎! 刑事は足だろうが」
「えぇ?」
「行くぞ」
「は、はい」

慌てて駆け寄りながら、俺は思った。
刑事は足?
そんな化石級の人とこれから捜査すんの? と。



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「いてててて! 勘弁してくれよ、堂島のおっさん!」
「馬鹿が。もう家出するなって言っただろうが!」
「だって、あのババァがよ〜。俺の嫌いなもん出しやがるから・・・いてぇ!」
堂島の拳が、炸裂する。

あ〜、加減してるけど、あれは痛いな。

心の中で合掌して、足立は話しかけた。


「ねぇ、嫌いなものって?」
「野菜。って、てめぇダレだコラァ!!!」
「足立ね。よろしく」
「あん? 知らねぇし」

「おい、そろそろ帰るぞ」

堂島の一言で、少年の剣呑な雰囲気が引っ込む。
「え〜、まじっすかぁ」
「ビフテキコロッケだ。おふくろさんにも食わせてやれ」
「・・・・・・ちっ。仕方ねぇなぁ」

堂島から総菜大学の袋を受け取り、少年は唇を尖らせる。
赤らめた頬を見ると、どうやら照れ隠しらしい。
口ごもりながら「子供扱いすんなよな」という少年に、
堂島は、にっと笑った。

足立が知らない笑みだった。
まるで自分に笑いかけられたような不思議な幸福感がわきあがり、目が離せなくなった。
堂島が手を伸ばす。
くしゃくしゃと少年の頭を撫でるその指が、自分に向かったような錯覚に陥った。

「ちょっ! セットした髪がぁあああ!」
「あ? すまんすまん。でもお前、坊主の方が似合うぞ」
「おっさんくせぇんだよ! あぁああああ俺の2時間〜〜〜!」

少年をなだめるのを手伝いながら、俺はまだ堂島の幻想を眺めていた。


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「どうもご迷惑をおかけしました」
頭を下げる母親に話をつけ、少年を引き渡した。
「今日はちゃんと家で寝ろよ」
「わぁ〜ってるって、堂島のおっさん」
「あ、コロッケにはキャベツがオススメだよ〜」
「おまえには聞いてねぇんだよ新人野郎!」
「え〜」
「こら! 何て失礼なことを・・・!!!」
早速けんかを始めた親子をどうにかなだめ、姿が消えるまで見送った。

「帰るか」
「はい」

「ありがとな」
堂島がぽつりと言った。
「いえ、そんな・・・見つかってよかったですね、不良少年」
「あぁ」
「よく居場所がわかりましたね」
「長い付き合いだからな。よく家出するが、俺が迎えに行くと逃げない約束だ」
「へぇ・・・」

地元民の絆か、堂島の人徳なのか。
サイレンを鳴らして家出人を追わなかったのも、コロッケを買って行ったのも、
彼なりの気遣いなのだろう。あと、近隣住人への俺のお披露目。
堂島はぶっきらぼうで口下手だが、人に関心がないわけでも人の気持ちに無頓着なわけでもない。
むしろ優しいのだろう。


「あ、一服していきます?」
通りかかった喫煙所コーナーを指差した。
「いや、俺はいい」
「堂島さん、吸わないんですか?」

「やめた」

堂島は大きく表情を変えなかった。
だが、俺は目が離せなかった。
堂島のきっぱりしていながら、どこか乾いた口調に。
一瞬、ちらついた悲哀に。

「そう、ですか」

堂島のプライベートを踏んづけたような気がして、
ぞくっとした。

二人分の革靴の音が響く。
傾いてきた陽光に、影が伸びた。

「・・・堂島さん」
「ん?」
「俺のこと聞かないんですか」
視線が絡まる。
「まわりから聞いてるでしょ? 俺のこと」
黙っている堂島にいらいらして、立ち止まる。
もう、このタイミングを逃したら、
聞けないような気がした。

この1週間、堂島は俺のことについて一切ふれなかった。
仕事のことなら口うるさいくらいなのに、
左遷をにおわすキーワードが全く出てこない。
聞かれないことが恐い。いつ聞かれるのかも、恐い。
遠慮しているのか、心の底で馬鹿にしてるのか。
わからないことへの疑心暗鬼。
これからもビクビクして過ごすなんて、まっぴらだ。
陰口にもうんざりだ。

どうせ嫌われるなら、と、踏み込んだ。

攻撃と防御で自分をプロテクトする。

あの太陽のような笑顔を浮かべたこの顔が、
どんな風に歪むのか見てみたい気もした。


「すまん」
「・・・」
「そういえば仕事のことばかりで、お前が来てから、ゆっくり話したことがなかったな」
「・・・」
「あー・・・その、どうだ、署内は?」
「え?」
「ちょっとは慣れたか?」
「はぁ、まぁ」
「一人暮らしか?」
「そうですけど・・・」

あれ?
まるで久しぶりの家族の会話みたいになってないか?


「総菜大学のコロッケはうまいぞ。時間があるときは、ジュネスに行くといい。
たまに大安売りしてるからな」
「・・・この前キャベツ買いました」
「おう、そうか。お前、料理できるのか?」
「簡単な料理なら・・・」
「そうか、しっかりしてるな。俺なんて全然できないからな」
「よかったら今度、何か作ってきましょうか?」
「いいのか?」
「よかったら、ぜひ」
「ありがとよ」

照れくさそうに笑う堂島に、またドキッとした。
この温かさ、純朴さ。
負けそうになる。

「俺、左遷されてきたんですよ。ミスして」
あぁ、言っちまった。
「そういう噂、聞いたでしょ?」
「・・・まぁな」

やっぱり・・・。
自分のどこかが冷える。
「だが、噂なんてもんは、情報の一つだろ?」
「え」
「目の前にお前っていう証拠物件がいるのに、そっちを見ないでどうする」

ぽかんとした。

「お前は、って言っても2週間しか仕事してないが、
少しなよっとしてるが、細かいところに気がつく。
要領の悪いところはあるが、むやみに怒鳴り散らしたり、
いちゃもんつけたりはしない。
銃の手入れは見ほれるくらいだ。
俺みたいにいかつくないから、
警戒心をといて話してくれる住人も増えるだろう」

黙ったままの俺に、堂島は困ったような顔をした。

「あ、気ぃ悪くしたか?」

「え、いえ・・・」

視線をそらした俺に、ゆったりとした声がかぶさる。
「・・・過去は変えられない。だったら、その過去にどう落とし前つけるかが、
生きてるものの使命じゃないか。少なくとも、俺はそう思ってる」


堂島の顔に濃い影が差す。
あぁ、この人も過去に縛られているのだ。

思わず喉が鳴った。
自分は、興奮していた。
堂島に、欲情したのだ。
汗ばんでいた。
拳を握りしめて、どうにか自制する。


「すみません、俺、ガキみたいなこと言って・・・」
「いや、俺の方こそ気が回らなかった。
酒の席なら別だが、若者と何しゃべったらいいのかわからなくってな。
よかったらお前からも話してくれや」
「・・・こちらこそ、よろしくお願いします」

言葉少なに歩いた。
未だ吹き荒れる嵐と、落ちかけた太陽に翻弄されながら。
「先に戻ってろ」

堂島に言われて、署に着いたことにようやく気づいた。

「足立」
「はい」
「しんどくなったら言えよ」
「え」
「じゃあな」
「はいっ。お疲れ様です」


堂島の背を見送りながら、俺は思った。

ーーーどこまであの人は、見抜いてるんだろ。

優しいだけじゃない。
まぎれもなく刑事の勘が堂島にはある。

「気をつけないと・・・」

ぶつぶつと呟く。
久しぶりに現れた難関問題に、高揚感が増してくる。
「あの人を、俺のものに・・・」

回転を始めたハードディスク。
越してきて初めて腹の底から笑った。




読了、お疲れさまでした。
本当にありがとうございます。

頭なでなでする堂島さんを書きたくて書いたら、こんなに長く・・・!
あとは足立をなでれば完璧?

当初は足立を、もっとワンコのようになつかせようとしたのですが、
実は黒いという噂を聞きまして、こんな風になりました。
すみません、自分、まだゲームクリアしてません!
まだ1周目の7月です。<オイ
どんな風になっていくか今からプレイが楽しみですが、
皆様はニヨニヨしながら当サイトを閲覧してくださいませ★

あ、登場した不良少年はお好きなビジュアルをどうぞ♪
ではまた!