店員が閉店を告げにくるまで、足立はうなだれたまま動かなかった。
貞操まで覚悟していた俺は、拍子抜けしてしまった。
40過ぎたおっさんが貞操もくそもないが、あれだけ激しいキスをされた後で何もないというのはどういうことなのか。さっぱりわからない。
「手錠をとってくれ」と言ったが、「もう少し」とつぶやかれて、上着で隠して店を出た。
囚われの身って、こんな感じだろうか。
ちら、と横を歩く足立を見る。
顔は下を向いていてよくわからないが、今にも死にそうな雰囲気をかもしだしている。
足立の方が囚人のようだ。
わかりやすいやつだと思っていたが、こいつのことがよくわからなくなった。
強引に迫ってきたかと思えば、1人で悩んで黙り込んで。
雨に打たれている野良犬みたいで、気になってしかたない。
せめて背中くらい撫でてやりたい。
そっと手をのばしたが、つながれたままでは足立に届かず、結局、触れぬまま歩き続けた。
足立はなにも言わない。
俺もなにも言わない。
河川敷まで歩いて来て、空を見上げた。
すいこまれそうな月だった。
こんなにじっくり見たのは何年ぶりだろう。思い出せない。
これが年を取るってことか。
ふっと苦笑すると、物悲しくなってきた。
「だめです」
不意に腰のあたりを、くっと引っ張られる。
「いっちゃ、だめです」
視線を戻すと、泣きそうな瞳とぶつかって。
せつなくて、悲しくて、どうにか安心させてやりたかった。
「いかねぇよ」
腰に伸ばされた手に、そっと触れる。
「どこにも、いかねぇから」
びくっと震えて、足立の手は逃げていった。
信じてもらえなかったのだろうか。
胸が締めつけられたが、俺は責めなかった。
さっきよりも気まずくなったが、もう月は見なかった。
それが足立にしてやれる、すべてだった。
>>>TIP*13-5